外資系銀行で働く金融のエキスパート・八木沼節子さん。「東京、海外、常にキャリアを積み重ねていける場所を優先に考えてきました」

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Ms. Setsuko Yaginuma (八木沼節子)
職業:某カナダ系銀行 Lead Client Liaison Officer/ 居住国:シンガポール / 言語:日本語・英語・インドネシア語

2013年の流行語大賞にも輝いた「倍返しだ!」のフレーズが記憶に新しい「銀行」を舞台にしたドラマ、『半沢直樹』が人気を博し、日本では”バンカー”を目指す就活生が増加しているとか。真面目、縦社会、スーツはシングルといったどこかお堅いイメージがまだまだ根強い日系銀行員。一方、シンガポールに置ける外資系銀行の実相は? 金融改革で成功を収め、新しい金融マーケットとして世界から脚光を浴びるシンガポールにブランチがある、某カナダ系銀行に勤務。日系・外資系銀行いずれも経験したいわば銀行員のエキスパート、八木沼節子さんにシンガポール、金融市場の魅力を聞いた。

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  • 都会に憧れ上京。自然な流れで海外に

大学を卒業して最初に就いた仕事は、『第一勧業銀行』(現在の『みずほ銀行』の前身)でした。約5年在籍した後、外資系銀行を転々としました。正社員として最初に経験した外資系は、『NMBポストバンク』というオランダの銀行(現在の『INGグループ』)でした。その後、外資系の信託銀行に勤務したこともあります。とにかく今も昔も銀行員であることには変わりないですね。学生の時は、英語を話せるレベルではありませんでした。英語は正直、外資系での仕事を通して習得したという感じです。『第一勧業銀行』の勤務先が広尾支店だったこともあって、インターナショナルな土地柄で外国人のお客様方が多く、その時に英語がもっとうまくなりたいと思うようになりました。今思えば、この経験が海外に出るひとつのきっかけとなったかもしれません。私は岩手出身ですが、周りの友人と同じように都会に憧れ東京で就職し、いつしか憧れの先は海外に向いていました。どこで働きたいかというより、常に今のキャリアを積み重ねていける場所を優先に考えてきました。岩手にいても学校も仕事も可能性が限られてくるので、両親共に上京はもちろん、海外に行くということにはまったく反対しませんでした。岩手から東京に行くこと自体自然な流れですし、海外に出ることは特別なことではなかったような気がします。

  • 女性が家を守る日本。シンガポールでは女性が会社を守る

実は今回のシンガポール滞在は2回目になります。遡れば1990年、初めてのアジア旅行ということで、たまたまシンガポールを選びました。率直に何て良い国、温かい人々なのだろうと感心しましたし、食文化にも魅力を感じました。食べることが大好きなので、多国籍でエスニックな雰囲気も気に入り、多くのことが印象に残った国でした。その後、何度かシンガポールには旅行で訪れました。何度訪れても治安は良いし、どうにか生活していけるかもしれないと。何よりもシンガポールを選んだ一番大きな理由は、金融マーケットの規模でした。意を決し訪れた96年、必死の思いで人材派遣に登録・電話をし、「この日にシンガポールにいるので案件があればすべて紹介してください」とお願いしました。まさに勢いでしたね。幸い、『野村シンガポール』が現地採用の求人をしていました。そのポジションは特に日本人を探していたわけではなかったのですが、金融の経験があるということで採用していただきました。在籍したのは1年半くらいです。事情がありその後一度帰国しましたが、やはりシンガポールで働くことを諦めることはできませんでした。シンガポールは男性には徴兵があり、会社を1、2週間空けることもあります。その間、女性は会社を守らなくてはいけません。日本ではまだ女性が家を守るといった習慣がありますよね。そこが日本とは根本的に違う。女性でも対等に見てもらえるということがやはり大きかったです。今は少しずつ変わってきていると思いますが、以前の日本にはお局さまや肩たたきなど暗い部分もありました。シンガポールは何と言っても女性が働きやすく、ずっと仕事を続けていきやすい環境にあると思います。そしてシンガポールこそアジアの金融の中心地であること。日本人マーケットに精通し、日本語が理解できて金融業界の経験者であった私にとって、日本に居た頃に比べ可能性がぐんと広がりました。海外で自分の経験を活かせる場所として、やはりシンガポールを選んで間違いなかったと思っています。

  • 外資系は多国籍。程よい距離感が鍵

これまでさまざまな外資系の銀行で働いてきましたが、それぞれにカラーがあると思います。米系はアグレッシブな印象がありますし、それに比べるとカナダの銀行はかなりおっとりしている感じがします。当行にはトロントから業務をシンガポールに移してきた部署を含め、現在約150人ものスタッフがいるため、名前や顔を知らない人もいます。パーティーやファミリーデーなど外資系特有のイベントも多いです。日系の銀行で長く働いていましたが、最近は日系の雰囲気を忘れかけているかもしれませんね。日系の駐在の方だと縦の関係があったりして、必要以上に気を遣うこともあると思います。外資系はそこまでのことはありません。もちろん上司としての対応は必要ですが、多国籍なので繋がり過ぎず程良い距離感を保ちながら、皆上手にお付き合いしているような気がします。4年前に就職した時、当行はとても小さな規模でした。東京、オーストラリアのブランチがクローズし、そのタイミングでシンガポールへ業務移管があり、スタッフがかなり増えました。業務移管とほぼ同時期の入行だったので、さまざまな作業に関わり、毎日夜遅くまで残業することが常でした。大変な時期でしたが、自分で1つ1つ問題を解決していく楽しみもありました。

  • 国と国の間で。自分だからこそできること

当行のスタッフはトロントから来ているカナダ人、オーストラリア人、韓国人 イギリス人、インド人など非常にインターナショナルな環境です。外資系金融は組織変更が頻繁にあります。部署によっては出入りが激しく、ある部署が突然なくなったり、新しいビジネスを取り入れたり。さまざまな変化によって辞めざるを得ない方もいます。そういった意味では、シビアな世界かもしれませんね。その中で、円滑に物事が進むよう処理することが最も重要ですので、お互いに引くところは引き、時には目をつぶるところは目をつぶる、そういうことも学びました。そして、日本のクライアントと会社との間に入る、これこそが私の最も大きな仕事と言えるかも知れません。

  • 苦手なことへの挑戦と克服こそが最大の強みになる

常に時間に追われる仕事ということもあり、だからこそ難しい問題も多々あります。今はトロントやロンドンと連絡を取り合うことが多いです。時差がある中で期限もある。焦ることもあるのですが、期限に間に合うように滞りなく処理することが最優先。それが実現する度に、毎回違った達成感があります。先に述べたように私は常に日本のお客様とトロントやロンドンのスタッフとの間にいるので、いかにお客様の要求に応えるか、またいかに遠方のスタッフにそれを処理してもらうかという常に板挟み的な立場にいます。以前の職場ではお客様に直接コンタクトを取ることが少なく、どちらかというと苦手でした。でも仕事となるとそんなことも言っていられません。結局は自分で努力して工夫しながら克服してきました。うまくいった時は、私にもこんなことが言えた!と数をこなすごとに自信が付いてきて、今では私の強みになっています。

  • 最もインスパイアされたのは「日本の心」を教えてくれた男性上司

私はかなり男性的な性格で、常に仕事中心の生活をしています。短期的に少し仕事から離れたいと考えたことは何度もありますが、仕事を辞めて家庭に入りたいと思ったことは1度もありません。だからこそ1番影響を受けたのは、日本人男性の上司たちでした。誰というわけではないのですが、彼らから学んだことが、自分の中で仕事に対するやりがい、責任感を持つということに関しては、良い影響を与えてくれたと思います。常に自分のベースは「日本の教え」だと思っていますので。今は外資系で働いているため、ランチタイムの制限や基本的な習慣は日本のそれとは違いフレックスになっていますが、仕事に対する責任感や情熱、クライアントへの対応は今でも日本の男性上司から学んだことが生かされています。

※後編に続きます