小野口悟さん。UNIQLOシンガポール・マレーシアCEO(前編)

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Mr.Satoshi Onoguchi(小野口悟)

年齢:39歳 / 居住国:シンガポール / 外国語:英語 / 活動国:日本、シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア等
/職業:COO-FAST RETAILING(SINGAPORE) PTE. LTD. CEO-UNIQLO (SINGAPORE) PTE.LTD., UNIQLO (MALAYSIA)SDN.BHD.

シンガポール・マレーシアでユニクロはメジャーブランドとして既に認知されています。しかし2009年にシンガポールで初登場した時は、「はたして受け入れられるのだろうか?」と同じ日本人としてやきもきしたものです。-Japan’s No.1 Casual Wear Brand-と書かれた広告をあちこちで目にしたのを鮮明に記憶しています。日本で成功していても、異国でブランドを築くのが簡単でないことは想像に難くありません。日本発ファッションブランドとして、そして世界をリードする日本企業の代表として、ユニクロの動向はアジアで注目されています。

今回は東南アジア事業の責任者である小野口悟さんにお話を伺いました。

-現在のお仕事について教えてください。

UNIQLOシンガポールのCEOとマレーシアのCEOとして経営の最高執行責任者を務めています。また、FAST RETAILINGでは日本にグローバル本部を置き、中国・シンガポール・アメリカ(NY)・フランス(パリ)に世界の地域統括会社を置いていますが、私は東南アジアの拠点シンガポールのCOOで、シンガポール・マレーシアの他にもタイ・インドネシアや今後展開していく国の営業の最高執行責任者でもあり、現在3社の責任者を兼務しています。

‐言語は何語が話せますか?

日本語と英語です。英語はシンガポールで仕事をしながら現地習得してきました。

‐海外業務は希望して配属されたのですか?

海外事業を目指して希望を出していたということでは無く、会社から辞令を受けてシンガポールの立ち上げに赴任しました。

‐UNIQLOは社内公用語を英語にしていることでも有名ですが、海外事業を担当するには高いレベルの英語力が必要なのですか?

私がシンガポールに来たのは社内公用語を英語とする前でしたし、私自身あまり得意ではありませんでした。一緒に着任した2人は帰国子女でしたので、現地従業員を含め英語ができないのは自分だけで、当初かなり苦労もありました。でも、英語に限らず現地の言葉はできたほうが何事もスムーズですが、コミュニケーションは言葉だけでなく、相手に伝えようという気持ちや相手を理解しようという気持ちが大事なので、実際の仕事のオペレーション能力とコミュニケーション能力・語学力と、海外で重要な要素における自分の強みと弱みを意識してバランスを考え努力で補えば、語学に自信が無くても十分乗り切れることです。更に語学力は日々の仕事や生活の積み重ねで確実に伸ばしていけるものだと思っています。

‐UNIQLOでは現在も英語はできないけれど海外勤務を希望して実際に配属される方もいらっしゃるのですか?

勿論いますね。英語ができないで海外赴任したけれど、店舗に日本人一人の環境で頑張った結果、あっという間に語学力がついた社員もいれば、英語が得意で海外赴任したのに仕事がうまくいかなくて半年で帰国した社員もいます。実力主義の会社ですから、語学力に関わらず仕事の能力次第で海外の仕事を任されることもありますが、やはり基礎的なレベルの語学力はあった方が良いに決まっているので、グローバル企業を目指す会社としてTOEIC700点という目標は定められています。

‐社内公用語を英語にするという取組みは海外での事業展開を意識してのことですか?

海外展開していくためというよりは、会社をグローバル化していくためということですね。日本出身の企業として日本の会社の良さは保ちつつ、会社そのものをグローバル化しようという目標で取組んでいます。日本においても外国人が働ける環境を作るため、外国人が一人でも入れば会話は英語と義務付けられていますが、日本人だけの会議は日本語です。

シンガポール出店第1号のTampines 1店
OLYMPUS DIGITAL CAMERA‐海外拠点の現地化の取組みについてはどのようにお考えですか?

私自身は経営も現地化していくべきだと考えていて、いずれバトンタッチしていくことが念頭にあります。会社の立上げ時は会社の風土や文化・精神を伝えるために自分たちが上に立つことも重要ですが、たとえ英語ができても微妙なニュアンスを伝えあえる、現地の人同士のような関係を築くのは難しいですから、真のグローバル企業としての発展を考えたら将来的に現地化というのは必要なことだと思います。

‐アジアに進出したUNIQLOブランドは現地でどんな評価を得ていますか?

アジアでの認知度は高いので、どの店舗もOPEN時は日本に負けず好調な売上を記録しています。2009年にシンガポール1号店をOPENさせるにあたり事前調査をしたところ、既にUNIQLOの認知度は50%以上でした。日本に旅行した時に知った人もいますし、中国や韓国には既に100店舗以上のUNIQLOがありますので、密接な関係のあるシンガポール独自の事情かもしれません。欧米での認知度は、出店前はそれほど高くなかったので、アジアでの出店はもともと有利な環境です。シンガポールではOPENから10日間くらい入場制限が必要なほどの盛況ぶりで、あまりに店内が混雑して危険を感じたため新聞広告で混雑回避を呼びかけたほどでした。また、マレーシア1号店でもOPENには前日から3千人以上の行列ができたほどの熱狂的な反応でしたし、先日インドネシア1号店をOPENしましたが、こちらも好調なスタートを切ることができました。

uniqlo2‐アジア各地でUNIQLOが歓迎され人気があるのは何故なのでしょうか?

幾つか理由があると思いますが、まずはUNIQLOの目指す「良い服を世界中の人々に着てもらい喜んでもらいたい」という理念が、商品を通して伝わっているということだと思います。UNIQLOの商品は、ファッションに振りすぎず商品そのものが目立った主張をするのではなく、着る人が色々な組み合わせをすることで個性を出せるユニークさがあり、コンセプトで競合店との差別化ができていると思います。その他、日本式の丁寧なサービスやショッピングモールの中で広さや間口にインパクトのある大きな店舗を出すなど、商品とサービスと売り場の展開をマーケティング・PRして良い結果を生んでいると思います。
また、アジアでは値段は安いけれど品質は悪いという商品と、品質は良いけれど値段が高いブランド商品が多いので、UNIQLOは丁度その真ん中で、これまでに余り無かったマーケットを掴んでいるようです。既に日本でUNIQLOというブランドを確立しているので、アジアでもUNIQLOといえば品質の良いものを豊富な品揃えの中から納得のいく値段で買えるというイメージをもって頂けていると思っています。

‐今後アジアにおいて高価格帯や低価格帯の商品の展開も検討されていますか?

UNIQLOとして取り組むかどうかに限らず、FAST RETAILING傘下にある高価格帯のブランドや、低価格帯のブランドの展開について様々な可能性や課題を探っているところで、UNIQLOインドネシア1号店ではGUブランド商品がテスト販売され好評を得ています。

‐シンガポールのユニクロは冬物を多く扱っていますが、どうして常夏のシンガポールで冬服の販売を始めたのですか?

シンガポール1号店は4月OPENでしたので日本と同じ春夏商品で始まり、日本が秋冬商品になる時に此方はどうするか?ということになりました。本社では皆「常夏の国で冬物は売れないだろう」という判断でしたが、私としてはOPEN前に1年弱市場調査をした経験上、シンガポールで冬物はほとんど売られていないけれど冬物専門店が存在しダウンベストよりダウンジャケットが売切れていたことなどから「もしUNIQLOが本格的な冬物を置いたら一人勝ちできるかもしれない」という考えがあり、「ヒートテックで勝負したい」という主張もしたのですが、社長からも「常夏で誰が着るんだ?!」と全く相手にされませんでした。諦めるべきか迷いましたが、先に海外進出していた先輩に相談したところ「やって結果が分らないとずっと後悔する。事業一年目だから致命的な失敗じゃなければ大丈夫、やってみたら」と背中を押して頂き、改めて社長にお願いしました。最終的には「店頭の品揃えの半分だったら」という条件付きでOKをもらい、春夏物50%・秋冬物50%としてダウンジャケットを並べました。結局売り出してみると秋冬物が飛ぶように売れて日本から連日追加発送してもらうほどの成功でした。その後は他のブランドで冬物を扱うところも増えたようです。

‐シンガポールにもファストファッションブランドは幾つもありますが、競合店を意識されていますか?

あまり意識していないですね。サマセットにH&Mが一号店をOPENさせた時、すぐ隣にあるUNIQLOは影響を受けるのではないかと心配されていたのですが、逆にその月のサマセット店の売上は伸びたんですね。同じ洋服を扱う小売店の仲間意識の方が強くて競合するよりは相乗効果でお互いに良い効果をもたらしたいと思っています。

onoguchi3‐さて個人的なお話を伺いますが、どういう経緯でUNIQLOに就職されたのですか?

1996年大学卒業時は大変な就職氷河期で、同級生はみんな大量に資料請求をして履歴書を多数の企業に送り、その中で反応がもらえれば面接にいくという必死の就職活動をしていました。そんな中で自分は「自分の人生それでいいのか」と反発を覚え、全く就職活動をしませんでした。当時、奨学金制度を利用して昼は大学、夜はBARでアルバイトする忙しい苦学生をしていて、バイト先から「このまま就職したら?」と誘われ、それもいいかと思ったりしていたのですが、見かねた友人に連れ出され予定外に参加した企業合同説明会で出会ったのがFAST RETAILINGでした。説明会に参加していたのは名の知れた企業ばかりで唯一聞いたことのない会社だったのですが、「年功序列ではなく完全実力主義」「努力すれば入社半年で店長も可能」という話に惹かれ、更に初任給が参加企業の中で最も高かったのが大きな決め手となり、応募して採用されたという感じでした。

‐自ら希望の業種や職種を選んでの就職では無かったようですが、入社して目指す目標などは定められていたのですか?
とにかくまずは店長になって給料を上げたかったので、頑張り続けて半年で店長に昇格しました。会社として半年で店長になる仕組みはあるものの、本当に達成できる人は少ないので自分の場合は努力が報われて良かったのですが、最初の目標を達成して改めて考えたら、自分のやりたいことやキャリア設計が見えなくなってしまいました。上を見てもそこに到達するのは難しいだろうとしか思えず、将来のことが全く考えられなくなってしまい・・・結局入社一年で退職を考え辞表を出しました。

※後編に続きます。