森山正明さん(後編)。「沢木耕太郎の『深夜特急』を読んでほしい。とにかく行動することが大事です」

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※前編はこちら

‐11年滞在した香港での活動についてお聞かせください

実は日本人学校に勤務していた頃から、土曜日は寺子屋的に10人位の子供たちを教える教室に携わっていまして、その経験と我が子と同じような環境の日本人の子供たちに日本語・日本文化を学ぶ場を提供したいという思いから、補習校の設立活動に関わることになりました。日本人学校というのは補習校の規模の拡大に伴い昇格して開設されることが殆どですが、香港は昔から日本人学校が存在したため補習校がなかったのです。それが年々ローカル校やインター校で学ぶ子供たちが増えていたので、日本人学校・日本人倶楽部・領事館などに必要性を訴えて補習校の設立を働き掛けたのですが、日本人学校に通えば解決する事として取り合ってもらえず、それなら自分たちで補習校を作ろうと友人知人と協力して設立に向けて動き始めました。まずは設立や運営のノウハウを学ぼうと各国の補習校に問い合わせや視察を始め、私は深圳・珠海・シンガポールを、友人がオーストラリアなどの補習校を訪ねて研究し、並行して署名やアンケートを募り、実行委員を集めて話し合いを開き、教室や教員を探し、メディアにも取り上げてもらい少しずつ形にして行きました。

‐香港での補習授業校開設と同時期にシンガポール日本人学校の先生になられてますが…

当初の計画では、数年間シンガポールで仕事をしたら、香港に戻るつもりだったのです。日本人学校を退職してから補習校の開設準備に本格的に携わっていましたが、その準備も大体整ったので、私自身はシンガポールに渡り日本人学校・小学部で教員を務めながら、毎週土曜日は補習校で先生をしてノウハウを学び、香港の運営に役立てていこうという予定でした。というのも、シンガポールも香港同様で昔から日本人学校があったため最初は補習校が存在せず、必要に応じて後から補習校が開設されていたので、モデルケースとして非常に参考になったのです。現地採用の教員契約であったことが幸いし、日本人学校にも補習校にも了解を得て両方で活動させてもらいました。

‐香港に戻らずにシンガポールに残ることになった経緯をお聞かせください

日本人学校を視察に訪れた九州の企業人グループをご案内した際に英進館の社長とお会いし、その後たまたま再度お会いする機会に恵まれ色々とお話したところ、教育理念に強く共感し意気投合しまして、改めて九州の英進館に出向いて初の海外校を開設する計画を進めることになりました。

また、英進館の理念は学習塾の中でも、ずば抜けて素晴らしいと思えたことも大きな動機でした。西日本ではNo.1の学習塾で、売り上げは100億円弱、営業利益も約20%と規模も大きく、競争力や営業力も非常に高いですし、難関校への合格者数も日本有数の進学塾で受験指導についても定評があります。また提携する「花まる学習会」のメソッドは幼児の特性や子供の発達段階をきちんと考えた内容のプログラムが組まれていて、子供を指導し接することで自分自身も学ぶことができる理念であることに魅力を感じました。そして何より社長に魅力を感じたのが大きかったです。英進館の社長は今でも現役で教壇に立ち、会社を牽引する大きな指導力をもつ素晴らしい人物です。

mo4‐シンガポールでの「大人の社会科見学」はどんな活動なのでしょうか

「大人の社会科見学」では、現在Facebookのグループに450名以上(2014年5月現在)のメンバー登録を頂き、不定期に穴場的街歩きや社会科見学などをして情報を共有しています。外国に住んでいてもその国のことをよく知らない方も多いので、一緒に楽しみながら滞在国の理解を深めようという活動です。また、日本全国から集まっている優秀な方々と出会い、交流できる貴重な機会にもなっています。当初は写真同好会を立ち上げようかと思ったのですが、既存のサークルとかぶらないよう「社会科見学」というテーマにしたので、情報収集したり資料を準備したり、正直言って写真撮影を中心にした活動に比べると準備は大変です(笑)。それでも知的好奇心が強い方の交流の場をつくり繋がりを持つことは非常に有意義なことだと感じて楽しんでいます。シンガポールでは初対面でも誰とでも気軽に交流できる雰囲気がありますし、教えるということは自分の得意分野で好きなことでもあるので、頑張って繋がりを作り続け将来的に何かの団体のような形にできれば、さらに大きな活動も計画できるのではないかと期待しています。勿論、活動が評価され、自分自身のビジネスにおいての信用にも繋がれば有難いです。

‐それでは森山さんご自身について。様々な経験を積み重ねてきた人生を振り返って20代はどんな時代だったと思いますか?

「世界に出て自分を試す時代」でしたね。とにかく行動することが信条でしたから、トライ&エラーの連続の時代でした。若い時は後先考えずに飛び込むパワーもありましたし、失敗の許される時代だからこそ、やりたいと思ったことを次々に行動に移すことで新たなチャンスにも繋がっていたと思います。

mo7‐30代はいかがですか

「仕事の確立の時代」でした。20代の自分の経験を活かしつつ、仕事のスキルを磨きました。また、結婚して家庭を築くことを大事にした時代でもあります。家庭を築き子供を育てた経験が自分の仕事にも反映され、人生の幅が広がった貴重な時代です。

‐40代になって変化を感じますか?

「後進を育てる時代」だと感じています。自分の経験やスキルを次の世代に伝えていくことに使命を感じています。これからの世代の為に新たな仕事を創造し、そこに需要が生まれることを望んでいます。無いものを作り出す楽しさが好きなので、仕事に充実感があります。一から取り組んでいる英進館シンガポール校を軌道に乗せ、さらに東南アジア各国の可能性なども探っていきたいですね。

‐日本人の若い世代に向けてのメッセージをお聞かせください。

まずは沢木耕太郎の著書「深夜特急」を読んでほしいですね(笑)。きっと良い刺激になると思います。何でもやってみること、行ってみること、試してみること、とにかく行動することが大事です。今の日本は居心地が良くて何か新しいことを試してみようと考える力自体が育ちにくいのかもしれません。コンビニのバイトのようなフリーター生活でも衣食住に不自由なく、家ではインターネットを使えば退屈もせず、人とのコミュニケーションもSNSでの交流で満足してしまい、あらゆることに試行錯誤して行動する必要が無いのでしょうね。
インターネットの普及で人と繋がることが楽になって人と会わなくなり、実際に人と会うことが面倒だとか対面では会話ができないという人が増え、SNSやLINEで話すのと実際に会って話すのでは人格が変わってしまうケースも多々見受けられます。しかし、人に会うことは大事なことだと再認識してほしいです。社会に出たら、最終的に会ったか会わないかで仕事は決まるものなのです。

mo6有名な話ですが、建築家の安藤忠雄さんの事務所ではメールもFAXも禁止で、電話は最低限の連絡用だけ、直接会って対話することが基本だそうです。「建築は人間がつくるものだから、人間と対話しなければならない。その対話が下手な人に建築はつくれない」との考えに賛同します。自分自身を表現することや人とのコミュニケーションを苦手とする人が多くなっていますが、それでは社会で通用しない、生きる力のない人間になってしまうのです。
社会では、人と会うことによって信用できるかできないかの判断をし、対話によって新たな仕事が創りだされています。対人力は生きる力の重要な要素なのです。人と会うこと、会話を重ねることで、自然な相槌、空気を読む力や会話が途切れた時にどうするのか、話題の選択等、会話のセンスが磨かれ、相手の情報を引き出したり自分の売り込みをしたり、コミュニケーションのテクニックを養うことができるのです。実際に人に会うこと、行動することの積み重ねで、生きる力を鍛えていって欲しいです。

海外に興味のある人は、考え過ぎず、とにかく行動に移すべきです。何でもやってみたら良いのです。挑戦して壁に当たったら、また別の道を選んで挑戦してみれば良いだけのこと、行動を起こさなければ何も始まりません。世界の中でも将来の明るいシンガポールはチャンスも可能性も大きい国ですので、是非飛びこんで、新たな人生のチャンスをつかんでください。

(取材・文:佐竹伸子)