もう海外での展開はやめようと思った…しかし最後にチャンスが。有田焼の文化を世界へ発信する松本幸治さん

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松本幸治(写真左)

【プロフィール】年齢:39歳 / 株式会社キハラ・営業統括マネージャー / 有田焼の卸・販売 / 佐賀県西松浦郡有田町

‐はじめに御社の事業内容について教えてください。

佐賀県・有田焼の産地商社です。見て楽しく、使って満足する器、一度使うと次に使うのが楽しみになる器…そんな器のデザインをプロデュースして、その流通や問屋の役割を事業としています。会社の創業は昭和30年で現在の社長が3代目です。

‐現在はどんなお仕事をされていますか?

営業統括マネージャーとして、表現の苦手な職人とデザイナーとの間で調整役をしています。有田焼が好きなので、自分の家系でもある有田焼の先人たちのことをよく知り、会社のため産地のために様々なことを発信して伝える役目を担えることは光栄だと考えています。

‐会社の規模はどれくらいですか?

従業員は10名、売上の70%は日本全国のインテリアショップ等の小売店に卸しています。

‐松本さんご自身についても教えてください。いつから株式会社キハラにお勤めですか?

10年ほど前からです。元々は有田焼の産地共同の輸出会社に勤務していたのですが、志は高いものの事業が低迷し、事業縮小とともにメンバーの代表をしていたキハラの事業に取り込まれ、私もそのままスライドで勤めているといった感じです。

-松本さんの実家‐松本さんも地元のご出身ですか?

はい。私の実家は200年続く有田焼の窯元で、兄が7代目になります。キハラがプロデュースしている器も生産していますし、昔から有田焼の輸出専門会社だったこともあり、今でも中東との取引もしています。私がずっと海外志向が強いのも家業の影響によるところが大きいと思っています。

‐学生の頃は何を志していましたか?

学生時代は東京・神奈川で過ごし、体育教師を志していました。ただ、教育実習に行って年功序列の公務員社会を見た時に、自分の頑張りに対する評価が反映されない納得のいかない社会だと感じてしまい、もっと自分を活かせる道を意識し卒業後地元に戻りました。

‐ちなみに外国語は習得されていますか?

全然だめですね。英語も特別に習ったことはなく、大学まで普通に学校で学んできたレベルです(笑)。

‐さて、本題ですが海外向けにはどんな商品を扱っていますか?

当社で扱っている製品の9割はオリジナル商品ですが、国内向けにデザインしてきたものが殆どです。昨年シンガポールの展示会には「KOMONシリーズ」という古来より伝わる日本独自の伝統模様をモダンにアレンジしたシリーズを出品しました。モチーフにした紋様はそれぞれに意味が込められており、長い間、人々が幸せを願い育ててきた紋様です。

‐海外の展示会にはいつ頃から出展されているのですか?

1999年から主にヨーロッパの展示会に出展していました。ドイツやフランスの展示会や百貨店での展示販売などです。その他、上海では展示会で興味を持ってくれた代理店との話が進みましたが、結局は陶磁器専門の業者だったわけではなかったので期待したような流通展開は無く、販売ルートの確立には至りませんでした。展示会で業者に興味を持ってもらえないと消費者まで届けるルートができず消費者の直接の反応や本当の嗜好を知ることもできず非常に残念な思いのまま四苦八苦してきた感じです。もう海外での販売はやめようと思っていました。

しかし、昨年シンガポールで参加した「Made In Japanシンガポールチャレンジ」という企画が転機となりました。それは業者とのマッチング的な展示会ではなく、一般消費者や様々なパートナーと出逢える良いチャンスで、その時にたまたま会場を訪れて当社の製品を気に入ってくれたデザイナーさんからシンガポール向けに注文を頂くことができたのです。それから話が進んで、5人のデザイナーがシンガポールのシンボルをデザインしたものを当社がプロデュースし、4か月後に納品したものですが、彼らのコンセプトは「シンガポールデザインMade in Asiaのシンガポール土産」という非常に興味深いものでした。
今、やっと海外での展開が始まったところです。

シンガポールの象徴、雷をデザインした皿デザインイベントにて発表‐なるほど。有田焼でつくるシンガポール土産とは、どんなデザインの注文だったのですか?

若手の5人のデザイナーがイメージするシンガポールの象徴ということで、現代シンガポール人が自分たちのアイデンティティーを追及しているような印象を受けました。一人はシンガポールの公団住宅HDBをデザインしましたし、一人は気候をテーマに雷をデザインしました。その雷は遠目で見ると一筋の稲妻なのですが、近くで良く見ると細かい雷の筋が沢山集まっているもので、シンガポールという世界でも成功し繁栄している都市国家が、よく見れば様々な人種や宗教、言語や価値観の集合体であることを表しているかのようなのです。非常に面白い現代シンガポールらしいデザインシリーズとなりました。

‐今後の海外展開はどのようにお考えですか?

日本の食文化というのは世界でも独特なもので、その日本人の食文化に合わせた器をそのまま海外に持って行っても同じ用途で使ってもらうことは期待できません。これまで海外の展示会に出展しても良い反応を得られなかったので、今後、海外向けには現地のデザイナーとのコラボレーションで作らないと本当に消費者が必要としている器を生産することはできないと思っています。シンガポールから注文をいただいたデザイナーさん達はシンガポールに留まらず世界展開も考えているようなので、今回のコラボ製品を一つのビジネスモデルとして、今後の事業展開に活かしていきたいと思っています。

‐最後に将来の夢について教えてくさい。

とにかく「継続していくこと」が目標です。私個人も会社でも産地での連携でも、次の世代に由緒ある有田焼とその文化をきちんと継承できるよう努力していくつもりです。