「実在しない世界を創り出す。それが僕の仕事」デジタルアーティストの北田栄二さん

kitada01

Mr. Eiji Kitada (北田栄二)
年齢:36歳 職業:Double Negative Visual Effects Digital Artist/ 居住国:シンガポール / 言語:日本語・英語

ルーツは大阪にある小さな映像プロダクション。その後、オーストラリアでの経験を経て、ロンドンを拠点とするヨーロッパ最大のVFX制作会社『Double Negative』シンガポール支社にて、デジタルアーティストとして活躍中の北田栄二さん。「家族との時間を大切にしたい」という強い思いが、海外にチャレンジする大きなきっかけになった。現在は押し寄せる映画製作に奮闘する日々だと言う。そんな北田さんに華々しい映画業界の現状やライフスタイルについて聞いた。

kitada2

  • 「SFX」から「VFX」へ。時代と共に技術も変化

「VFX」という言葉を聞いたことがありますか? ハリウッド映画における特殊効果と言えばわかりやすいでしょうか。昔は「SFX」と呼ばれ、特殊なメイクやセットを作っていたのですが、現在はそれがデジタル化して、「VFX」というコンピュータ上の作業にシフトしています。僕は主に、役者さんが演技し撮影した後、グリーンバックと呼ばれる緑色をした背景の部分に、あたかもあるような風景を創り出す仕事をしています。竜巻で建物が壊れる瞬間、実際には危険で撮影できないもの、クリーチャーと呼ばれる怪物などを「VFX」の技術を使って作ることができます。実際にはないものを創り出す仕事とも言えますね。作業も細かく、分業化されています。詳しく説明すると専門的なものになってしまうのですが、僕はその中の「デジタルセット」と呼ばれる分野を得意としています。今は「モデリング」という造形を担当していますが、以前オーストラリアで働いていた時は、「サーフェシング」といって、実際に作ったモデルに質感を付ける仕事をしていたので、一見似ているようで微妙に違う作業内容でした。造形制作には「モデリング」「サーフェシング」「ルックデブ」という3つの工程があります。基本これらは分業で、それぞれの専門がいるのですが、僕はその全ての作業を行うことができます。

  • cg2CGの著しい発展によりハリウッド離れも

CGは現在あらゆる分野で使われています。テレビコマーシャル、ドラマ、何より近年の医療での活躍は目を見張るものがあります。難しい心臓の手術のオペレーションをCG上でシミュレーションすることができます。「腸のこの部分に腫瘍があり、今後こんな風に広がる可能性があります」とリアルに病気の説明ができますし、同じようにサイエンスの分野でも需要があります。また、考古学においては、壊れてしまった建造物をCGで復元することが可能です。恐竜など、欠けている化石の部分をCGで復元して3Dプリンタを用い、CGで作ったものを出力することもできます。このようにあらゆる分野でCGは急速に発展してきています。一方、映画産業では、アメリカのロサンゼルス、サンフランシスコ、ハリウッドでしか作れなかったものがCGの普及により、世界中でハリウッド映画を作ることが可能になったために、アメリカでの仕事が絶対ではなくなったと言えます。つまり世界中に散らばってしまったので、映画の仕事にこだわるのであれば、世界という視野を持って行動しなければならない。定住が難しくなってきています。昔はハリウッドに行かないとハリウッド映画が作れなかったのに、今はカナダ、シンガポール、ニュージーランド、オーストラリア、ドイツなどあらゆる国でハリウッド映画を制作しているので、アメリカに行く必要がなくなってしまったという新しい時代が到来しています。今は大きな配給会社がハリウッドにあり、そこで企画はされますが、制作自体はすべてアウトソース。これがハリウッド映画の現状です。「ハリウッド映画」と呼ばれているのに、この状況は少し悲しいですね。
cg1海外に出てからハリウッド映画には8本ほど関わってきました。1本の映画の制作期間は通常3ヵ月から半年くらい。「ヒューチャーアニメーション」と呼ばれるフルCG(実写をまったく使わない)に関しては1〜2年くらいです。企画制作は大きな映画では5年と言われますが、最近の映画は、実際の企画制作は除いて、クランクインしてCGが終わるまでおそらく1年あるかないか。作業期間がどんどん短くなってきています。実際僕らの作業は、クランクインして撮影が終わってからしか始められないので、撮影後CGを入れ、最後に音入れや編集があるのですが、そこでリリース含めて1年くらいでしょうか。大きなプロジェクトに関しては約2年かける映画がありますが、実は1作2作と同時に撮ることもあります。作業期間が短縮された分、コンピュータが積極的に導入されていますが、人にしかできない作業がどんどんタイトになってきているのは確かです。

  • 『バットマン』『レ・ミゼラブル』『永遠の0』..僕にとってクレジットは子供のご褒美のようなもの

僕が携わった作品ですが、メジャーなところですと『バットマン』(2013年)の最新作、『レ・ミゼラブル』(2012年)『トータルリコール』(2012年)、日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、世界中で小説がブレイクした『ハンガーゲーム』(2012年)など。現在進行中の作品は、日本の『ゴジラ』(2014年)のハリウッド版。この作品では、背景の色々な部分で携わっています。ニューヨークの街や日本の町をゴジラが歩き回り、建物を壊していくシーンがあるのですが、その壊れる建物などを担当しています。実はCG自体は、通常のコンピュータでも作れますが、「ワークステーション」と呼ばれる市販のPCよりスペックも値段もはるかに高いPCを使っています。専用の3Dソフトもいくつかあり、そのソフトとコンピュータがあれば、会社はもちろん、自宅での作業が可能です。問題は会社で使っている高いスペックのコンピュータを個人で購入できるのかということなのですが。ソフトは昔ですと300〜400万と高額でしたが、今は20〜30万で購入できるので、十分個人で購入できるレベルにはなってきています。kitada4
撮影や実際に作られたセット以外の「VFX」に関してはすべて画面上、つまりPCの中で完結します。撮影自体も以前のようにフィルムを使用しておらず、デジタルカメラを使って撮影されているので、撮影から編集まですべてデジタルで完結しています。撮影時の照明や小道具などはもちろん現物を作っていると思いますが、撮影後の作業はすべてデジタル化されています。僕の専門は背景に加えて、「ハードサーフェイス」と呼ばれるヘリコプタや戦闘機の制作です。実際にヘリコプタを飛ばして撮影するとかなりお金がかかりますよね。kitada5そこでCGでヘリを作ってそれを飛ばす…というようなことをやっています。
昔のように、1つの会社ですべての映画に関わる作業が完結することはほぼありません。例えば『ゴジラ』『レ・ミゼラブル』などがそうですが、大作は先に述べたビッグ8と言われるうちの4つ、もしくは2つのメインプロダクショが関わっています。さらにその下の小さなプロダクション数社が関わるというスタイルです。

『永遠の0 』(2013年)は弊社とは別に、日本からの仕事をフリーランスとして受託しました。この映画では、アメリカ軍の戦闘機と日本軍のゼロ戦をCGで作っています。ただモデルを作るだけではなく、質感を加えるという僕が1番テリトリーにしている3つの分業を全て行い、日本のプロダクションに納品するという形で、戦闘機を2機担当しました。もちろん映画を見たら自分が手掛けた戦闘機はすぐにわかりますよ。映画のエンドロールにクレジットを載せてもらえますが、全てではありません。映画によっては、関わっていてもクレジットを載せてもらえない映画もたくさんあります。特にディズニー映画は制約が厳しく、会社ごとにクレジットの掲載数が限られています。役職が上の方や長く制作に関わった人しか載せてもらえないので、実際関わっていても名前が載らないということはよくあります。しかし自分の履歴書には、その映画に関わったことは堂々と書くことができます。
僕の場合、「デジタルアーティスト」もしくは「シニアデジタルモデラー」といった肩書が付いて名前が載ります。大きな映画だと関わっている人が多いので、「デジタルアーティスト」と一括りで載る場合もあるし、邦画では「モデラー北田栄二」という形で掲載されています。仕事をしていて1番うれしいのは、やはりクレジットが載る瞬間ですね。自分の名前が掲載される。さらにハリウッド映画の場合は、自分が作ったものを世界中の人が観てくれると思いますし、邦画であれば、日本中の人が観て何かを感じてくれるという部分でグッときます。僕にとってクレジットは、子供のご褒美みたいなものです。人の心に染み込む作品が作れるといいですね。現在の作業ですが、某映画の続編が決定したので、ゴジラの作業が終了したら、今年の半分はその映画に集中することになりそうです。かなりボリュームのある大きなプロジェクトなので、今から楽しみにしています。

  • はじめの一歩は契約交渉から

シンガポールでの雇用形態は個々人によって契約内容が異なります。僕の場合はフルタイム、いわゆる正社員(日本的な正社員とは少し異なる)です。ただ、人によってはプロジェクト単位の契約で数ヵ月と言う人もいます。この業界では特別なことではないのですが、まずは契約期間があり、契約が満了すると、レビュー(面談)があり、次のステップについて話し合いの場が用意されます。延長するのであれば再度契約を結ぶ。互いの条件が合わない等の理由で契約終了であれば、別の会社もしくは別の国に行かなくてはいけません。年俸に関しては、業界でのキャリア年数と前職の給料を提示して交渉することが可能ですが、難しいのが国によって違う税金を含めたルールです。オーバータイムの支払いがある会社もあれば、一切発生しない場合もあります。その辺りを踏まえて、契約の内容を詰めていくことになります。海外に出る前は、大阪にある小さな映像プロダクションで4年ほど経験を積んだ後、日本の『スクウェア・エニックス』というゲーム会社に勤務していました。ゲーム会社には、ゲームを作る部署と映像を作る部署があり、僕はその当時から映像を担当していました。ゲームと映画は産業的には大きく違うのですが、映像の技術は同じです。4年制の専門学校に入学して以来、ひたすらこの世界で走り続けています。

  • 海外進出の決め手は家族との時間の過ごし方

当時、日本の映像関係の労働環境は整備されておらず、とにかく労働時間が長いのと、その報酬が割に合わないと感じていました。結婚後子供が産まれてからも、夜中まで働いて土日出勤は当たり前。家族と過ごす時間がほとんどありませんでした。特に子供が小さいうちは色々大変なのに家に戻れないことも多々ありました。このままではいかんな、と思いましたね。
日本のゲーム会社は大きな会社だったので、外国人も多く働いていました。その中に実際にハリウッド映画に携わっていた同僚がいました。彼らから色々と話を聞くうちに、映画業界に興味が湧いてきて、海外で働いてみようと思い立ちました。その時に応募したシドニーの会社が僕を拾ってくれたことが、全ての始まりでした。会社は飛行機代、引っ越し代は支払ってくれましたが、帰りのチケットはすべて自腹でした。笑。それでも他の企業に比べると、映画会社は多少なりとも積極的に身の回りのことをサポートしてくれる印象があります。 シドニーの会社はオーストラリアでは1番大きなプロダクションでした。その時はプロジェクト契約だったので、1本の映画が終わると例外なく一旦解散。仕事があるとまた召集がかかる。実際僕の場合も一旦解散になり、シドニーでの仕事を終えて4ヵ月間日本に滞在しました。その間妻の出産に立ち合い、フリーランスの仕事を続けました。そんな折、オーストラリアの別の会社から、別の大きなプロジェクトがあると聞きオーストラリアへ。その後約9ヵ月、知り合いとルームシェアをしながら、単身赴任の生活をしていました。

※後編に続きます