デジタルアーティストの北田栄二さん(後編)「日本でやってきた技術が通用しないプレッシャーは相当なものでした」

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※前編はこちら

  • 明確に分けられた「ワークライフ」と「ファミリーライフ」

どの業界も共通していると思いますが、日本人は勤勉で真面目なので、海外どこに行っても重宝されると思います。映画業界では、会社が倒産したこと以外で、日本人がレイオフされる話は滅多に耳にしません。海外に出てから1番カルチャーショックを受けたのは明確に分けられた「ワークライフ」と「ファミリーライフ」でした。シドニーやシンガポールでは、本人のみならず、家族が病気をすると、シックリーブやケアリーブといった病欠のための休暇が会社でしっかり管理されています。もちろんそれに対する部署の人たちの理解も大きく、快く休ませてくれる。日本は違います。有給を病欠の代わりに使い、風邪をひいてもマスクをして休まず仕事をする。それが普通だったので、オーストラリアの会社で締切り前に風邪をひき、熱のある状態で出社すると、「あなたが来るとみんなにうつって、スケジュールがずれ込むの。あなだだけの問題じゃないのよ。早く帰りなさい」と怒られて面喰らいましたね。笑。しかも昨年のクリスマスは忙しい時期でしたが、人事から有給を消化するように勧告され、3週間ほど休暇を取らせてもらいました。

  • 生活の中での英語に苦労。通用しない技術で挫折も

僕の場合、最初にぶつかったのは言葉の壁です。特にオーストラリアの時はほとんど英語が話せない状態でした。仕事で使う英語は基本的にPC用語で日本に居た頃と共通ですが、銀行口座を開く、電話の回線を引くといった生活面での英語は聞きなれない英語が多く苦労しました。仕事に関しては有難いことにコーディネイターと呼ばれるスケジュール管理をする人がいて、英語が苦手なスタッフに、レビューや確認事項をまとめたものをメールで送ってくれます。ディレクターが何をどう修正したのか、詳細を箇条書きにしてまとめてくれたものを各アーティスト宛に送ってくれるので、その英語さえ読めれば仕事に支障はありません。上層部に所属することが目的であればもちろん英語は必須ですが、アーティストとして働く分には英語力が絶対必要ということではありません。もちろん英語が話せるに越したことはありませんが。
仕事の技術的な面ですが、海外では僕が日本で培ってきたアプローチの方法が違うため、最初はその半分も通用しませんでした。海外の企業にしてみたら、わざわざお金をかけて海外から外国人を雇うということは、「自分たちにはない技術を持った人を必要としている」ということになります。つまり助っ人的な意味合いが大きいのです。だからこそ、実際自分が日本でやってきた技術が通用しないことが何より精神的にきつかったですね。現地のスタッフより高いクオリティを容赦なく求められますから。さらにこの部分は、先に述べた契約に直接、そして大きく関わってきます。本当にそのプレッシャーは相当なものでした。初めての海外、初めての海外就労。最初は何をするにも、もちろん初めてだらけ。さらには妻が妊婦。そんな妻にとってもすべてが初めて。自分のことだけでなく、妻のケアも必要でした。今振り返ると、この時期もがき苦しんだ経験から学んだことが今日の仕事に大きく繋がっていると思います。就労時間においては、オーバーワークのない8時間就労に慣れることも必要でした。わかりやすく言うと、日本で60時間かけて作ったものを海外では40時間で同じものを作らなければならない。海外では残業するにも許可が必要です。最初はとにかく時間内に、休みなくがむしゃらにやるしかなかったのですが、そのうちにすっかり慣れました。人間やってみたらできるものです。日本では終電に間に合えば良いという気持ちで毎日ダラダラと働いていたのかもしれません。日本のどの企業でも起こることですが、自分の仕事が終わっても先に帰り辛いなど、早く仕事を終えて早く帰れる環境ではなかったし、そうできない自分がいました。最近は日本も変わってきているのかもしれませんが、僕が働いている当時は、上場している大きな会社でも帰り辛い雰囲気がありました。ところが、僕が経験してきたオーストラリアやシンガポールの勤務時間やその環境は180度違います。基本、スタッフは定時に帰ります。 締め切りが迫るとオーバータイムが必要になり、遅くまで仕事をする人もいます。しかしそれがダラダラと日々続くのではなく、みんなで一緒に1〜2ヵ月間オーバータイムで働くというスタンスです。時間の使い方にメリハリがありますね。

  • 共に働き関わりを持つことがキャリアアップの大きな要素

海外就労を通して得られるものの1つにネットワークの構築が挙げられると思います。1度海外に出ると、当然ですが、新しい友達・同僚といった新しいネットワークができます。これは僕の業界の特徴ですが、同僚だった人間がいずれは世界中に点在し働くことになります。ということは、元同僚から世界中のリアルな情報がいつでも入ってくるということ。自分がその会社に行きたいと思ったタイミングに募集があっても、すぐに転職することはなかなか難しいですよね。そこで頼りになるのがこの同僚。苦楽を共にした同僚の手を借り、直接人事の方に自分が作ったデモリール(今まで自分が制作した作品をまとめたもの)や履歴書を渡してもらうという方法もあります。日本では、転職と言うと、1つの会社に長く居られないというどこかマイナスのイメージが未だにありますが、海外では自分のキャリアを熟考して、キャリアアップしている人というプラスのイメージがあります。特に僕の業界では、共に働き、色々な人と関わりを持つことが自分のキャリアアップのための大きな要素になります。だからこそ、ネットワークの繋がりというのはとても大切だと考えています。cg3
『ボーンデジタル』いう海外書籍(主にアメリカにおけるCGの専門書)を翻訳し、日本で販売している会社があるのですが、ある時そこに在籍する知り合いから、セミナーを開いてほしいと頼まれました。ちょうど一時帰国を予定していたので、そのタイミングでセミナーを開講しました。実は日本と海外ではCGのレベルが圧倒的に違います。そこで、僕が海外で身に付けた知識や技術を日本に還元したいという想いがあり、セミナーやワークショックは帰るたびに積極的に開催しています。会社ではなく、アーティスト個人で言うと、僕は海外よりも日本人のレベルの方が高いと思っています。日本では海外のような分業ではなく、1人の人間が色々なことができる。でも逆に言うと、1つの分野で突出した人がいないとも言えます。ただ、僕がこれまで働いてきた感覚では、アーティストの粒が揃っているのはやはり日本。海外の企業の方が優れている部分は、マネージメントや素晴らしい作品を作るノウハウ。人をうまく使って、仕事ができない人をどうにかできるようにして、名作を残すということに関しては、海外のプロダクションのレベルは圧倒的に高いですね。簡単に言えば、日本は個人戦、海外は団体戦と言えるでしょうか。もちろんそこにはワークスタイルの違いが大きく影響していると思います。

  • ゲームは子供にとって実はメリットが多い

僕は子供にゲームは積極的にさせています。といっても、許しているのは1日1〜2時間。「登園前にゲームを30分やる場合とまったくやらない場合では、幼稚園での生活において、ゲームをやった子の理解力が著しく良い」と、アメリカの大学で研究発表されたそうです。これが事実かどうかはわかりませんが、僕自身ゲームに深く携わっていたこともあり、ゲームに関してはつい寛容になってしまいますね。僕がゲーム好きなのも事実ですが。笑。やりたいと思うのであればやらせてあげたいと思います。だからと言って、朝から晩までというのは目にも良くないし、外でも遊んでほしい。家の方針で「止めなさい」と言ったらすぐに止めることにしています。もしもそれでわがままを言う場合は、ゲームを隠してしまうシステムなので、子供もすぐに言うことを聞きます。他に実感するメリットとしては、文字の読み書きと言葉を話すのがかなり早くなったこと。家では日本語の読み書きなどはほとんどやっていないのですが、確実に字が読めるようになっています。手先が器用になったり脳が活発になったりする部分もあると思いますよ。

  • 夢」に向けて再挑戦することが僕の夢

将来的には日本に帰ろうと思っています。当初は子供が小学校に上がるタイミングで戻るつもりでしたが、せっかく子供が英語を覚え始め話せるようになってきたので、夫婦で話し合い、小学校の教育が終わるまでは海外生活を続けようかと。できれば契約が続き、チャンスやオファーがある限りは海外で働きたいですね。僕自身、海外に出た大きな目標だったどうしても働きたい会社があるので、チャンスがあればそこに応募する予定です。その会社というのはニュージーランドの会社なのですが、海外での初めての同僚がそこで働いているという思い入れもあって、できればまた彼らと一緒に働きたいと思っています。kitada9もしニュージーランドに行くことができれば、僕自身が綴っているブログ『北田栄二の海外武者修行』もひと区切りつくかなと。その後、海外で学んだ技術や生活体験を日本に持ち帰りたいと思っています。これはもう「夢」ですね。実はシンガポールの会社が決まる前、その「夢」であったニュージーランドの会社の方とコンタクトを取り、インタビューも終了していました。しかししばらく返事がなかったことや二児の父でありながら無職というプレッシャーもあり、返事を待たずして同じタイミングで熱烈にオファーのあったシンガポールの今の会社との契約書にサインをしました。その2日後にニュージーランドの会社からオファーが届いたという悲劇を経験しました。その時は1週間くらいへこみましたね。笑。だからこそ、また挑戦してみたいのかもしれません。
オーストラリアからシンガポールに来た時は、人混みも多いし自然も少ない。正直あまり好きではありませんでした。でも住んでみればやはり都。日本食は手に入るし、ご飯は美味しい。気候も常に夏で悪くない。僕の仕事にとって良かったかどうかは別として、妻自身が海外生活に慣れておらず、英語が話せるわけではなかったので、ニュージーランドや他の国に移住するステップとしてはシンガポールで良かったなと今は思っています

  • 通話技術の発達によりどんどん小さくなる地球

僕の業界では、海外を転々とし続けること自体がキャリアアップになり、そのキャリアに終わりはないと思うのですが、リスクが発生するとしたら、帰国後ではないでしょうか。帰国後日本で就職した場合、まずは給料のギャップに苦しむかもしれません。生活面においても、長期での海外生活を終え日本に戻ると、日本での実績や記録が皆無なために、銀行口座一つ作ることも困難なこともあります。また家を借りる時に海外での収入しかなく、収入の保証がないという理由で家を借り辛いなど、さまざまな問題に直面することでしょう。海外に滞在し続ける以上は、海外就職自体のデメリットをあまり感じませんが、最終的に日本に戻ることを考えている人は、日本に戻った後のことも考慮しながら準備されるといいと思います。
今は日本の企業もグローバル化し、「英語が話せないと雇いません」など、色々理不尽なこともあると思います。僕の考えですが、働く場所は日本国内でも海外でも、正直どこでも良いと思っています。ただ考え方として、国内だけに目を向けるのではなく、色々な国を意識した考え方は持っていた方がいいのかなという気はします。その考え方や文化の違いを手っ取り早く知りたい、身に付けたい、色々な考え方をしたいのであれば、旅行だけではなく、ワーキングホリデーやインターンを利用して、実際その国に短期でも住んでみて、そういった考え方を養うということは積極的にやってほしいと思います。海外で働くデメリットがあるかどうかは、実際に海外で働きたいと思う人の判断だと思います。今は通信技術の発達により、地球はどんどん小さくなってきています。僕は優秀な人に限らず海外で働きたいという意欲がある人は、まず日本から外に出ていった方が良いと思っています。

  • 親父も僕も天職を全うするのみ

僕の場合はお話した状況なので、老後の計画が非常に難しいですね。笑。海外に住んでいると何よりも貯金が難しい。市民権や永住権ではなく、あくまでも就労のためのビザなので現地の人と福利厚生が圧倒的に違います。老後の道はなかなか険しいと思いますが、できるだけ政府や年金には頼らず、地道に貯金ができればいいなと思っています。もしかしたら1番ラクなのは、日本に住んで日本で仕事をする共働きのスタイルかもしれません。貯金ができるし、安定するかもしれない。しかし、海外で得た経験はお金を出しても買うことはできません。僕は40歳くらいまでは海外で働き続けてもいいのかなと思っています。最終的には日本に戻る予定ですが、仕事の状況でもちろん変わってくるかもしれませんし、それも良いと思っています。ただし、家族のことを考えると日本に戻るのがベターな選択かなとは常に思っています。高齢になってくる親のこともありますしね。僕の両親は海外生活に関しては、好きなことをやれという感じで理解があります。実家は寿司屋で、親父は板前をしています。幸い、「寿司屋を継げ!」と言われたこともありませんしね。笑。 お互いに職人気質なのでしょうね。どちらも天職と思ってやっていますよ。