トラック運転手から芸能プロダクションの経営者となった池内さん

ikeuchi

Mr.Yasuhiro Ikeuchi

年齢:47歳/ 職業:芸能プロダクション株式会社フリップアップ経営/ 居住国:日本/ 活動国:シンガポール、韓国、アフリカなど世界中

要潤、清水一希などが所属する芸能プロダクション「フリップアップ」の代表を務める池内さん。芸能界と言うと一般人とは無縁の華やかな世界ですが、元々トラック運転手として運送会社を切り盛りし、30歳から今の世界に入って成功されているという異色な経歴の持ち主です。国境という意味のボーダーと同時に、業種・職種のボーダーも飛び越えた池内さん。非常に面白いお話を聞くことができました。

「あのオッサンに出来るなら自分にもできるかも」(笑)と思って人生に挑戦してほしい

‐現在のお仕事を始められたきっかけについて教えてください。

特に「芸能界の仕事がしたい!」と思っていたわけではなくて、人との出逢いがきっかけでしたね。もともと表現できる人をサポートする仕事をしたいという考えを持っていましたが、独立する前に所属していた芸能プロダクションの社長と知り合ったことがきっかけでこの道に入ったという感じです。

‐昔は全く異業種のトラックの運転手もされていたそうですが、どんな経緯で運送の仕事を始められたのですか?

実は大学生の時、父の会社が倒産してしまい大学を中退することになりました。そこでトラック運転手として働いて稼いで、自分の力でもう一度大学に通おうと思ったのです。それが27年前のことですが、一時的な仕事と思って始めてみたら予想外に儲かってしまい、更に「自分でトラックを買って仕事すればもっと儲かるよ」って話を聞いて本気になってしまったんです(笑)。結局22歳から29歳まで運送会社を経営していました。

‐とても面白いご経験ですね。運送会社の経営ではどんなことを経験されましたか?

社会の縮図を知りました。時代の移り変わりですね。バブルのころ、運送で運ぶものが目に見えて小さくなっていったんですよ。物質的に。たとえばカメラだって大きいものからコンパクトカメラに、カセットテープはCDやMDにと移り変わり、製品の小型化で一回に運べる量が増え、つまりは物流量が減り仕事がなくなってきた。そこにバブルがはじけて、どんどん経営も苦しくなり、遂には事業撤退を決めたのです。

‐9年間築き上げた事業から撤退するというのは相当勇気が必要だったでしょうね…

そうですね。でも、20代でかかえた借金を4年で返すつもりが6年もかかってしまったし、何より仕事仲間が次々に事故で命を落としたことが大きかったです。昨日、隣で荷物を積んで嬉しそうに子供の話なんかしていた奴が、次の日には事故で帰らぬ人になっているんだから、ショックでしたね。戦争じゃないんだから…って思いましたよ。確かにあの頃はいつも眠かった…だから事故を起こす前にやめようって強く思いました。元々トラックは目的を果たすまでのお金稼ぎの手段であったはずが、運送会社を経営したことで目的そのものみたいな生き方になっていたから、自分の人生にとっても軌道修正が必要な時期だったと思います。

‐その後、どのような仕事に転職されたのでしょうか?

東京の出版社の社長にヘッドハンティングされたんです。30歳目前での転職でした。しかもサラリーマンになること自体初めてでした。10人ほどの小さい会社でしたが、3年ほどで100人規模の会社に成長しました。運送会社を経営していた間、悔しいこと嫌なことがあっても一生懸命頑張ってきた経験が生きて、自分はその中でも会社を支える数少ない稼ぎ頭の社員の一人になりました。しかしそのうち「ここで売上をあげて会社に貢献できるなら、独立してビジネスを成功させることができるだろう」と考え、退職しました。そして手始めに美容室をエンターテインメントとして、メディアとつないでプロモートしていくという非常に良いビジネスプランを作りました。カリスマ美容師ブームの全盛期で、投資家にプレゼンテーションをしてかなりの資金を投資をしてもらうことができたのです!でも、実際は全然だめで、失敗でしたね。笑

‐なるほど、厳しいですね…。その後はどうされましたか

芸能プロダクションの社長と出会って、社長をサポートする仕事に就きました。そこで自分の中では今後ずっとエンターテインメントにかかわる仕事をしていこうという、信念が固まりました。良い俳優をスカウトして育てたことで、「彼と心中するつもりでやってみろ」と社長に背中を押されて独立し、現在のプロダクションを経営するようになったのです。

‐これまでの様々なお仕事で、決め手になったのはどんなことですか?

常に心掛けてきたのは、人に元気になってもらう仕事をしようということです。ある意味、自分自身がメディアとなり、様々なことを表現していきたいと思ってきました。だから以前は出版社にいましたし、表現の仕方はいろいろあるけれど、とにかく何か人に伝えていきたい、コミュニケーションツールとなっていきたいという気持ちを持っていました。そして、そういう気持ちがあると実際に表現をする職種の人達ともよく出会うようになり、その後の仕事に導かれてきました。

‐いろいろな経験をされてきたうえで、人生の幸せって何だと思いますか?

あまり大きなことは考えてなくて、楽しい人たちと楽しい時間が過ごせたらそれで幸せって思います。ただそれは自分の心の中で悩みやトラブルを抱えていたら心から楽しいとは思えないわけで、普段から自分が心から楽しめるような生き方をしていることが大事だと思っています。普段努力していること、一生懸命生きていることが当たり前になっていてこそ楽しい時を過ごせるということは言うまでもありません。近しい友人が何人も急逝して人の命の儚さを何度も経験したからこそ、将来的なことより現在を生きることを重視する考えになっていると思います。

‐ご自身の老後について、どんな生活をイメージしていますか?

結婚して間もなく授かった子供がまだ4歳なので今は子供中心の生活ですが、18歳くらいになって自立して落ち着いたら、夫婦の時間を充実させたいですね。夏の北海道から冬の沖縄まで、温泉やゴルフなど楽しみながらドライブ旅行をしてみたいです。海外旅行も是非楽しみたいです。

‐今後の目標があれば教えてください。

サポートしている俳優の「世界に羽ばたいていきたい」という夢に対して、会社として最大限の支援をしてあげられるような体制づくりをしていくことが一番の目標ですね。今回のように海外のいろいろな場所に出かけているのは、半分は撮影のためで半分はビジネスチャンスを作るためです。その国のエンターテインメント事情などマーケットリサーチをすることは大事ですからね。そうしてアンテナを張っていると必ず良い出会いがあります。日本で頑張るにしろ海外で羽ばたくにしろ、一生懸命表現する人間をサポートする環境づくりに全力を尽くすつもりです。

‐日本人に対して、どのような印象をお持ちですか?

表現が苦手な人多いですね。相手からの反応を気にしすぎて自分自身を表現することを恐れてしまう。何も言えないで表現できないと人から良いアイディアをもらうことはできません。人生は「友達探しゲーム」みたいなものですよ。自分から発信しないと何も受信できないのです。

‐最後に、そんな日本人に是非メッセージをお願いします。

特に自分と同じ40代後半のビジネスマンに元気がないと感じています。みんな一生懸命働いているけれど輝いている人を探すのが難しい。体力のある30代半ばまでには自分の方向性を決めるべきですね。自分みたいにトラック運転手で始まり英語もできないのに海外にでてきている人間もいますので、自分を見て「あのおっさんに出来るなら自分にもできるかも」(笑)と思ってほしいですね。日本の若者には挑戦する人が少なすぎるのです。「何でもいいから成功したい」と強く願っていれば、日本の環境なら誰にでも挑戦し成功するチャンスがあるのだということに気付いてほしいです。